タクシーで乗務していると、時々変わったお客様に出くわす事があります。
時々とは言っても本当に変わっている人と遭遇する事は滅多にありませんが、他人様と車の中という狭い空間を共有するので滅多にない事とはいえ、変わった人に出会うとちょっと恐怖すら感じてしまう事もあります。
何やらブツブツしゃべっている人や横柄な態度で接してくる人などは日常的に多く見るので段々慣れてくるのですが、今回出会った人は変わっているというよりも不思議な人でした。
分かる漢(おとこ)に分かられた
0時を過ぎた頃に手が上がってお客様が2名でご乗車してきました。
お酒の匂いをこれでもかと言わん程に漂わせている2人組で、1人は40代半ばくらい、もう一人は20代半ばの雰囲気がしていて、乗車を断りたくなる程ベロベロに酔っぱらっています。
私の第一印象は『失敗した』でした。
車内で吐かれたりしたらもうその日の仕事は終了となってしまうので、出来るだけ危険なお客様は乗って頂きたくないというのが本音ですし、極度の泥酔状態だと断る権利も私達運転手は持っています。
しかし私はあと1~2本走ったら帰ろうと思っていたので最悪吐かれても掃除してそのまま帰ろうと腹をくくって乗車して頂きました。
運よく中距離クラスを引き当てる
行き先を確認すると、大方5千円は出るであろうという距離だったので、終わったら燃料を入れて帰ろうと決めて運転していました。
後ろでは中年くらいの男性が若者に話しかけていますが、若者は移動中寝かせてくださいと言って寝てしまいました。
寝ている若者に対してずっと話しかけていましたが、いよいよ相手してくれないと思った中年男性は私に話しかけてきました。
『運転手さん!信号で止まった時で良いからちょっとだけこっち向いてくれませんか?』
理由はわかりませんが、後ろを見るくらいお安い御用なので、信号で止まったら後ろを向くと約束して運転を続けながら世間話をしていました。
信号にかかったので後ろを向いてみる
しばらくの間、運が良いのか悪いのかわかりませんが、中々信号にかからないまま走っていたのですが、いよいよ信号にかかってしまいました。
信号がかわったので約束通り後ろを向くとお客様は無言でマジマジと私の顔を見つめてきました。
しばらくすると彼は話しはじめました。
『運転手さんは38歳前後やな』
前後という事なら正解です。私はその日の0時を回った時点で40歳になりました。しかしそれを忘れて39歳ですと言ってしまいました。
『運転手さん結婚してるな。』
私は結婚しているので、当然『はい、結婚してますよ。』と何の捻りもない答えを返しました。
『お子さんは2人やな』
え?何でわかんの?と思いましたが、びっくりしたという事もあって普通に答えてしまいました。
『本業が有るけど、家族を養う為に仕方なくタクシーの運転手をしてるな。』
もういよいよ意味がわかりません。私は『そうです。よくわかりますね。』としか返す事が出来ません。
『運転手さんは柔道部やったな。』
私は間髪入れずに『体系でわかりますか?』といいましたが、彼は違ったそうです。
『いや、首と肩から柔道部って聞こえてきた。』
私の首と肩はしゃべる事が出来るという事を初めて知りました。
『あと2年頑張らなあかんな。』
2年という数字がリアル過ぎて怖いですが、私はこんな過酷な労働状態をあと2年も続けなければいけないようです。
とは言っても私はこれを7年やるつもりでいるので、2年は絶対に続けますけどね。
言われた事は、気づかれたのか、何か特別な力があるから分かったのか
始めの年齢は見た目で何となくわかりますよね。
とは言っても私は今まで大体10歳くらいは老けて見られる傾向があるので、ちょっと驚きました。
なんせ16歳の時に知らないオッサンから『兄ちゃんは32歳くらいか?』と言われた実力者なので、年齢を僅差で言われたのは初めての事で驚きました。
次に言われた結婚しているという事ですが、結婚している多くの人が結婚指輪をしているので、何となくわかりますよね。
しかし私は残念ながら飲食従事者なので、指輪関係は一切つけていませんので、指輪で判断されたという事はありません。
他に私が結婚しているとわかるアイテムも一切なく、携帯の待ち受け画面もデフォルトのままなので写真等で判断する事も不可能です。
次に言われた子供が2人という話ですが、いよいよ意味がわかりません。
子供いるな。と言われたらまぁ結婚してたら子供がいてもおかしくないかな?くらいのノリで言われる可能性もありますが、2人とピンポイントで当てられるとびっくりしかしないですよね。
続いて本業の件ですが、私が本業で別の事をしているという様な事を示す物は車内に一切ありません。
副業でタクシーに乗っている人も確かにいますが、実際かなり少数派です。勘で言うにはリスクがありすぎますので、勘ではなさそうな気がします。
そして柔道部の件ですが、体系以外考えられません。私は寝技嫌いな上に耳が腫れたらすぐ冷していたので、本気の柔道家のように耳が潰れているという事もありません。
しかし体型だけで考えた場合、相撲やラグビーと言った可能性も0ではないので、ピンポイントで柔道と言われると、今までの話しの流れ的に不思議な何かを感じてしまいますよね。
中年男性曰く
ここまでぴったり言い当てられると不思議という感覚を通り越して怖いという感情さえ出てきてしまいます。
私は男性に『占い師さんか何かですか?』と聞いてみたのですが、極普通の会社を経営しているという事でした。
業種は教えていただいたのですが、占い関係ではなかったのでここでは伏せさせて頂きます。
彼曰く『昔から人の目を見たらその人の大雑把な人生が見える』との事でした。
しかし私の様な愚凡なオッサンは、その様な不思議な話をされても『あぁ、成る程』とはなりません。何かタネがあるんじゃないか、実は私が気付いていないだけでどこかで話をした事がある人だったのではないか、実は昔店に来た事のあるお客様だったのではないか等々色々と考えてしまいました。
とても好意的な人だったので、今の自分を信じて頑張ろう!
目的地に到着すると、メーターは5.000円を越えていました。
嫌味を一切言う事もなく、『楽しい時間ありがとう!』と言って下さって降りていく彼は、最後に振り返って『お子さんに何かお菓子でも買ってあげて』と言って指を指したので、その先を見てみると1.000円が置かれていました。
ドアを閉めて走り出そうとしてサイドミラーを見ると、彼は私に向かってガッツポーズをしてから手を振ってくれました。
死ぬまでの長い旅路を進む私達人間は色々な人と短時間交わりながら生きています。
死ぬまで共に歩くであろうヨメの様な存在の人もいれば、今回乗っていただいたお客様の様に、人生の内のたった20~30分程度しか交わらない人もいます。
当然短時間しか交わらない人の方が圧倒的に多いですよね。
そんな短時間しか交わらない相手に対しても元気を与えてくれる人もいれば、『どうせもう会う事もない人』と思って雑な対応をする人もいます。
私の経験上ですが、後者の人の方が多いと思います。
私は今回このお客様に会って、どんなに短い交わりであってもその出会いを大切に出来る人間になりたいと思いました。
これはタクシーの醍醐味の一つで、色々なタイプの人と多く出会えるので、良い所は見習って、悪い所は自分に当てはめてみて、当てはまる物があれば反省する事が出来ます。
対人関係が苦手な故にキツイ当たりの人は実際嫌いですが、タクシーという職業を選んでいるので、それも楽しめればと思っています。
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